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【名 称】 ZIDAI_03.JPG 人斬り周助
【掲載月日】 1995/11/26
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【登場人物】 引間周助
【転載条件】 転載自由 事後で結構ですので連絡願います
【制作環境】 PowerMacintosh 7100/80AV ArtPad KT-0405-A
GT6500ART2 Painter3.1
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時代シリーズの3作目はオリジナルキャラクターを描いてみました。
周助は幕末の剣客で、この絵は新選組と対峙している所です。
水彩を主にパルテルや鉛筆でちょちょっと手を加えてます。
一応劇画調を狙ってみたんですが、「動」へ行く前の「静」の緊張感
が出せればいいな、と思い描きました。
新選組の資料が無かったので羽織は確かこんなんだったなあ、と適当
に描いてますがちゃんと新選組に見えるかな?(^^;)。
あ、後ろの二人は平隊士、手前の肩しか見えてないのが8番隊長、藤堂
平助です。あえて沖田や土方は描かない(^^;)ヒネクレモノ
以下、長いですのでお暇な方はどうぞ。
−STORY−
引間周助は幕末の剣客。天保9年、土佐の下士の家に生まれる。
引間家は今でこそ下士でも下級の足軽階級だが、戦国時は長曽我部家の
侍大将として数々の武功を上げた。長曽我部家が滅んだ後、土佐に入っ
た山内氏に反抗する事3代、ついにわずかな農地で食って行けず山内家
に属す。周助の父善兵衛は商人上がりの郷士とは違う引間家の誇りを常
に持ち、周助に代々伝わる剣術、「雷剛風心流」を叩き込む。
周助は天才的な剣才の持ち主でわずか19才にして高知城下では1、2
を争う程の達人となった。
ペリー来航以来盛り上がった尊王攘夷運動のブームにより、周助も土佐
謹王党の武市半平太の薫陶を受け、脱藩して京に出、志士活動をする事
になる。その天才的な暗殺剣をもって数々の佐幕派要人や幕府の捕吏を
斬り、「人斬り周助」として京の街を震撼させた。
さて、時は元治元年、周助27歳。前年、京都を中心に討幕の気勢を上
げていた長州藩ら過激攘夷派が失墜、この年さらに新選組の池田屋襲撃
が引き鉄となって禁門の変を引き起こした長州藩は、もはや朝敵となっ
た。長州藩士、脱藩浪士と見れば無条件に幕吏や新選組に斬られる時代
である。
既に長州藩士は殆ど国元に帰り、脱藩浪士の周助にとって京都は非常に
危険な街となった。ある日、幕吏に追われ薩摩の田中新兵衛の手引きで
逃げ込んだ薩摩藩邸で坂本竜馬に会う。竜馬はこの同藩出身者の顔を見
るなり懐かしそうに話しだす。この年、竜馬は勝海舟の創設した神戸軍
艦操練所の塾頭となり、いわば行き場のない脱藩浪士達を次々に収容し
ていた。「いつまで無駄な殺戮を繰り返しちょる。それだけじゃ世は動
かん」ここに入らないか?と言うのである。周助は熱心に話す竜馬の広
大な構想を頭では解るつもりだが体がどうにも理解出来ない。いつか非
業な死を遂げるぞと言う坂本に対し傍らの大刀を引き寄せて言った。
「坂本さん、私は学問が出来ません。これのみに半生を費やし、これで
一端の志士として世に立つ事が出来た。私にはこれしか生きる道が無い
んです」
次々に斬られる潜伏中の長州藩士や脱藩浪士。周助の生きる目的はいつ
しか憎き新選組や見廻り組を一人でも多く殺す事となっていた。新選組
や幕府の捕吏の間でも周助は要注意人物。捜索に必死である。ある夜遂
に幕吏に隠れ場所を踏み込まれた周助は機転を利かせ逃げおおせ、京の
路地を駆ける。ようやく追手から逃れたと思ったが、運の悪い事に向こ
うから来た、たまたま巡回中の新選組と出くわしてしまった。
逃げるか?しかし狭い路地である。周助は覚悟を決めた。
悠々と歩く周助。擦れ違いざま、新選組の若い隊士が声を掛けた。
「隊務ゆえ失礼する。ご尊藩とお名前を伺いたい」
「長州藩」
「な…」声を飲む隊士。
「…と、言ったらどうする?」ニヤリと不敵な笑いを浮かべる周助。
「き、貴様、愚弄するかっ!」
と、その時隊長らしき男が叫んだ。
「貴様は、引間周助!」民家から漏れる光に照らされたその顔は紛れも
無い。周助も彼には見覚えがあった。藤堂平助である。
かつて、北辰一刀流の千葉道場に坂本竜馬を訪ねた際に見た事があった。
思わぬ男の出現に戸惑いながらもは白刃を抜きつれる若い隊士二人を背
に、周助は大刀の鯉口を切った。二人斬りかかってくれば振り向きざま
両断する自信があるが正面の藤堂は手強い。ジリジリと間合いを詰める。
一方藤堂は周助の抜き打ちを恐れ容易に抜かない。しかし勝算はあった。
周助の「雷剛風心流」は田舎の古剣法であり、太刀筋の速さで有無を言
わさず斬りつける為、一の太刀さえかわせば、後は江戸三大道場である
千葉道場の応用の効く剣術に分がある。が、しかし周助の天才のみが持
つ、一種の「気」により圧倒されその呪縛を振りほどくのに必死であっ
た。この緊張に耐えかねたのは後ろの二人。遂に周助めがけて斬りかか
る。周助は素早く抜く。藤堂も抜いた。全て同時である…
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